金の鳥居 ホシイモノ(欲しい物)は総て手に入るほしいも神社

金の鳥居がある神社の存在を聞いていたのですが、やっと参拝することが出来ました。

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金の鳥居 ホシイモノ(欲しい物)は総て手に入るほしいも神社

なで亀の酒列磯前神社の近く(車で4分)にある「堀出神社」の敷地内に令和になって初めて創建された「ほしいも神社」がありました。
神社の駐車場脇の坂を上がると黄金に輝く大鳥居と25本の鳥居が出迎えてくれました。
先客の大勢の参拝者がいたので、ほしいも神社を参拝する前に隣接する堀出神社を散策してみました。
手水場は龍の口からお水が出るようになっていました。地震が多いのか鎮め石がありました。

社務所の前のお守りを見ていると神主さんの奥様が気軽にお声をかけていただき、神主さんと奥様からいろいろとお話を聞かせていただけました。
①ほしいも神社の御朱印ですが「ほしいも学校」が縁でお知り合いになった佐藤卓氏のアドバイスにより金の星(よく見ると干し芋の筋があります)の御朱印を作成したそうです。
佐藤卓氏は明治乳業「明治おいしい牛乳」ロッテ「キシリトールガム」大正製薬「ゼナ」などのパッケージデザインを手がけた様々な賞を受賞している日本を代表するデザイナーだそうです。
②神主さんはスマホを手に取りご自身のfacebookを開き、ご利益があった方のお話をしてくださいました。
「オリンピックの聖火ランナーの当選を願い当神社で参拝したところ、みごと聖火ランナーに選ばれた」という方からの報告でした。
③全国放送のテレビ局・地方のテレビ局や雑誌・地方新聞紙などの取材が増え、その放送や記事を見て全国各地から参拝者が参拝に訪れているということでした。
話題性もあるけれど創建され間もないのに、ご利益があった方がいるからこそ取材が増えているのだと思いました。
④「写真OK、ブログOK、どんどんやってください」と温かいお言葉をいただきました。
⑤ほしいも神社は神社初の事で話題になるかもしれません。

大鳥居と25本の金の鳥居の先にある神社にはお酒と干し芋がお供えしてありました。
右手にはご神木がありました。
鈴を鳴らし二礼二拍手一礼でして「ほしものをしっかり念じ心を込めて」参拝させていただきました。

ご利益

ホシイモノ(欲しい物)は総て手に入る。
家内安全、五穀豊穣、厄除祓、商売繁盛、大漁満足、海上安全、心願成就、交通安全、工事安全祈願、良縁祈願、安産祈願、初宮詣、七五三詣、成人奉告、神前結婚式、難産除祈願、その他

【祭 神 】

誉田別尊(ほむたわけのみこと)(応神天皇)
第六天神社(面足命おもだるのみこと 惶根命かしこねのみこと)
月読神社(月読命つくよみのみこと)
稲荷神社(倉稲魂命うがのみたまのみこと)
難産除社(誉田別尊(ほむたわけのみこと)

【由緒沿革 】

寛文11年(1671年)8月13日、岡見伝五右エ門尉吉高(14才)の記した由来記によると、磯崎大明神(酒列磯前神社)をはさんで前浜、平磯両村の境界論争がつづいたので、寛文3年(1663年)8月13日、岡見弥次右衛門尉吉為、前浜村庄屋弥右エ門、組頭太郎右エ門等検分途中、路中吹きはげの所に備前焼で忌垣二重に囲い内くぼみになっておる処を見つけ、案内にそこを掘らせたところ、石廊あり、中から刀、折れた脇差、槍、鉾3枚、矢の根、具足、州枚形からがね2枚、天目などが発見された。この品々はさっそく水戸城中へ送られ、詮議の結果「磯前明神の本体であろう」と結論されたので、前浜村鎮守を望む地元の意向をくんで、岡見吉為が小社を建てた。 その後同11年正月、寺社奉行北河原甚五右エ門、山県源七、横田庄三郎等のはからいで水戸藩の許可を得、同年8月13日に社殿造営竣功し、遷宮式が厳修されたという。神体の御神鏡は藩主光圀公の奉納。古墳の発掘されたところは現在不明であるが、町内小池親氏神に堀出宮神魂石という石が祭られている。明治6年4月1日村社に列格、大正元年10月28日(第148号)供進指定、昭和27年8月宗教法人設立。

ほしいも神社 (堀出神社)

住所:茨城県ひたちなか市阿字ケ浦町178番地
ひたちなか海浜鉄道:勝田駅より阿字ケ浦線に乗車、終点阿字ケ浦駅で下車→徒歩2分
自動車:阿字ヶ浦海岸(水戸那珂湊線)つるやホテル前、海荘「大利」の駐車場脇道路を道なりに350m。2分。